タバコは人類が500年足らず前に経験した麻薬中毒である。コロンブスに象徴されるヨーロッパ人によって新大陸から瞬く間に全世界に蔓延した喫煙習慣は植民地経営の有力な財源となった。しかし前世紀末からタバコが人類最悪の健康被害の元凶であることに気づき欧米が中心となって禁煙活動が盛んになり、徐々に喫煙率は低下している。タバコ中毒から抜け出せないのは日本、韓国、中国である。今や脱タバコ社会の実現程度は文化のバロメーターとなっている。

　漸く今世紀に入って日本でも医療科学者を中心として禁煙推進が理論的に進むようになり、禁煙は「科学」となる兆しが現れた。2006年に禁煙治療が健康保険に適用されるようになり、禁煙外来が開設されたことは画期的であった。しかしその対象はニコチン依存症という「病気」を対象としたもので、その効果も一般認識も限定的であり、歯科医師による禁煙治療は対象から外されている。

　日本の歯科医師のタバコ認識は歯科医師自身の喫煙率に表れている。依然として男性２７％にもおよび、医師のそれの倍以上であり、あらゆる医療従事者の中でもトップであることを社会は知っている。これは歯科医師が医師とならんで医療を支えていることを忘れていることを示す数字である。禁煙治療が保険適用に採用された時に「なぜ歯科医師がはずされるのか」を叫ぶ声が第一線歯科医療現場からあがってこなかったのも頷ける。

　そこで今回「喫煙と口腔疾患」をテーマとして本格的なコホート調査に踏み切ったのは上記のような切羽詰まった理由による。幸い9学会が賛同して手弁当で会議を重ね、日本歯科医学会プロジェクト研究としていよいよ本年4月よりスタートを切る。

　日本口腔外科学会、日本歯周病学会、日本臨床歯周病学会、日本口腔インプラント学会、日本口腔内科学会、日本口腔衛生学会、日本口腔腫瘍学会、日本有病者歯科医療学会、日本顎顔面インプラント学会にこの紙面を借りて深謝する次第である。このなかで強いリーダーシップを発揮して牽引してくださっている福田仁一先生、長尾徹先生、埴岡隆先生らに本特集の執筆をお願いした。感謝の極みである。